10歳から本格的にサッカーを始め、清水東高等学校、国士舘大学を経て 1983年に当時日本サッカーリーグ2部のヤマハ発動機(現 ジュビロ磐田)に入部。
1年目よりレギュラー(ポジションはMF)として活躍し、一部昇格、天皇杯優勝に貢献。
1987-88シーズンにはキャプテンとして日本サッカーリーグを初制覇。
1985年に日本代表に選出され、ワールドカップ・メキシコ大会(1986)予選に出場した。
現役引退後は指導者の道へ進み、ジュビロ磐田のJリーグ昇格にトップチームコーチとしてその手腕を発揮した。
1995年からユース監督に就任。多くのトッププレイヤーを育てる。
また、日本サッカー協会トレセンコーチとして、ジュニアからユースまでの育成にたずさわるかたわら 公認指導者養成のインストラクターとしても経験を積み、 2004年ユースチーム監督に復帰し、高円宮杯で準優勝し、大量6人の選手をトップに昇格させるなど実績を積む。
2007年トップチームコーチ兼サテライト監督。2007年9月にトップチーム監督に就任。
日本サッカー協会S級ライセンス公認コーチ。
プレーヤーズファースト。
どのレベル、どのカテゴリーにおいても「常に選手が主役である」ことが私の指導のモットーです。
子どもたちにはそれぞれ特徴があり、それぞれの能力に差があっても、全ての子どもたちに大きく成長する可能性があるのです。
そして、家族・友達・地域・社会から感謝を獲得する権利は全ての子どもたちにあるのです。
個々人の分析をしっかり行い、サッカーを通じた技術レベル・判断能力の向上はもちろん、人と社会との関わりをボールを通じて指導していきたいと強く思っております。
成長に個人差はありますが、何かを獲得・達成した時の子供の笑顔が将来の自信につながるのです。
その笑顔のために、われわれ大人は常に熱い情熱を持って見守る姿勢が大切だと思っております。
地域の指導者とも連携をとり、一緒に子供の育成に関わって行きます。一緒に子どものすばらしい笑顔を作っていきましょう。
子どもたちへ
ぜひ、私と一緒にボールを追いましょう。そして、あらゆる可能性に失敗を恐れずトライしましょう。素晴しいピッチで待っています。
10歳から本格的にサッカーをはじめ、清水東高校から国士舘大学へ進学。
ヤマハ発動機サッカー部(現ジュビロ磐田;当時日本サッカーリーグ2部)入部
1年目よりMFのレギュラーで活躍し、日本サッカーリーグ1部昇格、天皇杯優勝を果たす
東海のファンタジスタとしてサッカーファンを魅了した
日本代表に選出され、ワールドカップ・メキシコ大会(1986)予選に出場
キャプテンとしてヤマハ発動機の日本サッカーリーグ初制覇に貢献
現役引退
ジュビロ磐田トップコーチ就任
ジュビロ磐田ユース監督
ジュビロ磐田サテライト監督
ジュビロ磐田トップコーチ
ジュビロ磐田スカウト(海外)
ジュビロ磐田ホームタウン推進室担当コーチ
JFAナショナルコーチングスタッフ・JFA指導者養成インストラクター
ジュビロ磐田スカウト兼ホームタウン推進室担当コーチ
ジュビロ磐田ユース監督
2004年高円宮杯準優勝、トップチームにジュビロ磐田GK八田直樹、MF上田康太(現大宮)等大量6人の選手を昇格させる
ジュビロ磐田トップコーチ兼サテライト監督
ジュビロ磐田トップチーム監督
国士舘大学サッカー部では、関東大学リーグ優勝。卒業後は、JFL東芝でプレー。
1994年よりジュビロ磐田でFWとして活躍。“チビマサ”の愛称でサポーターから愛される。
日本サッカー協会公認C級ライセンス。
国士舘大学のFWとして、関東大学リーグの優勝に貢献。
日本フットボールリーグ(JFL)の東芝で活躍。
ジュビロ磐田に入団。
小さな身体をなげうってのプレースタイルから“チビマサ”の愛称で多くの磐田サポーターから愛された。
セレゾン浜松フットサルクラブで、子供達を対象に指導。
デウソン神戸(Fリーグ)の監督を務める。
セレゾン浜松フットサルクラブで、子供達を対象に指導。
ひげウッチーサッカースクールのコーチに就任。
日本サッカー協会公認D級ライセンス取得予定。